母が70年ぶりの再会

 堀本公子(NPO法人”ひまわりママ”の保護士)さんが、ある機関誌に投稿されたものを抜粋してご紹介します。
 堀本さんは、2013年10月に入会された10期生、溝口泱子さん(旧姓・中川)の娘さんです。

― 前略 ―    

母にも出会いが

 今年、母(溝口泱子・新京櫻木小学校10期生)にも故郷との出会いがあった。 伊万里の両親と同居し始めた妹が、母の幼い日の話から偶然、新京櫻木小学校同窓会のホームーページを見つけた。

 この学校は旧満州新京市(現中国東北部長春市)にあり、昭和10(1935)年から敗戦までの10年間に、約3千人が在籍した。

 樺太生まれ満州育ちの母は、この小学校の10期生。4年生だった昭和18年10月、佐賀県多久市に一家で引き揚げてきた。

 ホームページには当時の写真や校区の地図、同窓生が著した書籍などがたくさん紹介されていた。

 「いつどのクラスのものか不明です。ご存知の方はありませんか?」と書かれた1枚の写真が目にとまった。 なんと、それは母が大切に持っていた小学校入学時の学級写真と同じものだった。

 母は担任の先生の名前と、隣に写っている友達の名前を忘れてはいなかった。早速、妹がメールで知らせ、母は80歳で同窓会に入会した。

 母同様、妹も私も感激し、関連書籍を夢中で読んだ。その中の1冊は、終戦前後の過酷な状 況下で孤児となっても、日本へ帰る希望を失わず、最後まで愛情とやさしさ、 思いやりと分かち合いの心を忘れずに精いっぱい生きた子どもたちのことを記したものであった。

 図書館で借りたこの本を涙で濡らさずに読むのは容易なことではなかったが、 辛い歴史も次の世代に語り継いでいかなければならないと思った。

誰しもが平和に

 先月、名古屋で開催された第31回同窓会に出席する母に同伴した。妹が母を博多駅で新幹線に乗せ、私が名古屋駅のホームで受け取り、会場へ。

 同窓生70人、同伴5人の盛大な会に、母は新入会員として大歓迎され、うれしいながらも少し戸惑っていた。

 今は亡き恩師や同胞に黙祷を捧げた後は、艱難辛苦を共にしてきた仲間との再会の喜びの時間に変わった。

 今、生きて平和の中にある喜びに感謝するとともに、誰ひとりとして故郷と平和を失うことのないようにと願わずにはいられなかった。

 ― 後略 ―

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