満蒙開拓団

 満州開拓事業は、1932年3月1日に満州国が成立してから具体化していった。 現在の中華人民共和国東北地区に広大な沃野を開拓し、 食料の増産と北の護りに備えるため、 当時の重要国策として推進された大規模な農業開発事業を完遂するために行われた。

 満州国が建国され、人々は「そこへ行きさえすれば何とかなる」と、 満州の大地に夢をかけた。

 当初の開拓事業は、治安が悪く、自然条件が必ずしも農業に適しているといえないことから、 同年9月からは武装した移民団の第1次が渡満した。

 1933年の武装移民団と満鉄鉄路自警団(右)。


 1936年、国策として20年で100万戸の移民計画が策定され、国内に満州移住協会が、また 1937年8月31日、入植地を確保するため「満州拓殖公社(満拓)」が設立された。

 新京の5階建て満州拓殖公社ビル(字幕では、満州東洋拓殖株式会社となっている)と 開拓団の村落(黒龍江省)。


 しかし、移民の奨励にもかかわらず応募者は少なく、 1938年には、数え年16〜19歳の満蒙開拓青少年義勇軍を組織した。

 農地を耕す開拓団員と開拓団女子訓練所(黒竜江省)。


 東寧の開拓団の人々。右は昭和20年5月に東寧報国農場に送られた新京第一中学校3年生と教官。


 奉天駅(左)と新京・三中井百貨店(右)。



 林業移民団(左)と静岡村開拓団本部(右)。


 満蒙開拓ハルピン訓練所(写真=左)、第8次興隆川東京郷開拓団(同=右)。


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