葫蘆島からの帰還、105万人

写真は葫蘆島市政府新聞製作ビデオ 「葫蘆島百万大遺返」より


[衛星写真]

 1946年5月から満州在留邦人105万人の本国送還が始められた葫蘆島 (「ひょうたん島」という意味)は、 遼寧省西部の遼西回廊(遼東半島の西側、遼東湾の西北)にあり、 北京を離れること448キロ、列車で7時間の距離である。

 葫蘆島には2,800年の歴史があり、明・清の時代(1368〜1911年)には、 中国の主要都市の一つであった。 満州族が山海関を越えて中国の中央部に進出した際には、 この町を占領し、ここを足がかりにして北京へ侵攻して、 中国最後の封建王朝である清朝を打ち立てたのである。

 葫蘆島は1990年1月1日に市制が施行され、5つの県と1つの市(興城)がその管轄下に入った。 人口は200万人を超える。

沖合いから望む現在の葫蘆島市。前方奥に丸型の茨山が望める。


上右の写真をアップ、市街を望む。市街地の前に見える砂浜は海水浴場と思われる。


上右の写真をアップ、半島の右の岬と、亡くなった人を麓に葬った茨山。(いずれも青柳氏談)


葫蘆島 |満州国建国満蒙開拓団終 戦集結・乗船乗船・出帆帰 還


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